現代社会と多様な考古学   泉 拓良

「世界考古学会議」が今年8月に京都で開かれます。今回の「第8回京都大会」では「現代社会における考古学、文化遺産」「アートと考古学」がメインテーマになっており、研究者だけでなく市民からも多くの関心が寄せられています。今回は、現代社会に関わる多様な考古学についておうかがいしてみました。

 

――様々なテーマで社会とどうかかわるかを研究していく考古学というものは、どのような流れで生まれてきたのでしょうか。

考古学には、もともと大きくドイツとイギリスの二つの流れがあって、ドイツは合理的な分析をしていくものですが、それに対してイギリスやアメリカは、社会に対してどうなのかを考えていくものです。特にイギリスでは、1960年ごろから大きく方向転換し、社会との架け橋を学問の中でどう成り立たせていくか、成果をいかに社会に還元していくかという考え方がでてきました。社会と学問と政策に橋をかけていくことが問われてきたのです。この流れですと、三内丸山遺跡の例ですと、観光資源として遺跡をとらえるということまで含めて考古学とするものです。

すべての国がそういった流れの考古学になったというわけではありません。社会と関わっていくということは、社会的責任を負い、政治や社会から介入されるということですから、まだ一つの分野と呼ぶまでには至っていません。日本の場合、歴史学として考古学が組み込まれている教育なので、様々な分野や現代の社会と結びつけて考古学をとらえることは、一般の人にとって考えにくいかもしれません。

 

 

――具体的に社会と考古学の関係を考えていくというのは、どのようなことでしょうか。

たとえば、縄文時代の「土偶」をとらえるにしても二つの観点があります。大量の土偶がでてくる遺跡がありますが、その中には、国宝になるような芸術的なものがない場合があります。それでも大量のものがでてくるということはどういうことなのか、考古学的になぜそうなのかを考えるという観点があります。

けれど一般の人は、土偶といえば、遮光器土偶や国宝になるような美術品としての土偶のイメージを持っていると思います。考古学者とイメージが違うわけです。それを説明せずにひとくくりに土偶といっても、一般の人と研究者が思っていることにギャップがあります。大量にでてくる遺跡と全然でてこない遺跡を比べ、大量にでてくるところには何があったのか。また非常に美しい土偶がでてくるところは、氷山の一角なのか、そうでないのか。そういうところの議論もポイントです。

もう一つは、モノだけでなく、社会との関係から考えていくという観点です。土偶は中期までは仮面をかぶってないのですが、後期になると被る。それにはどんな背景があったのだろうか、どんな儀式があったのだろうか、またなぜ変わらなければならなかったのか――それらは、モノだけを見て、形や年代で分類しても、社会とのかかわりを考えなければ追究できないことなのです。

 

 

――芸術と考古学の関わりについてはどうでしょうか。

芸術の感性が既存の様々な問題を乗り越えられるという期待をもっています。たとえば縄文の遺物は弥生に比べて用途がわからないものが多いです。それはなぜなのかを考える時、考古学というものを踏まなくても、迫っていけるのではなないでしょうか。

縄文に影響を受けた土門拳の写真や岡本太郎の美術は、今日に通じるものがあるのだと思います。芸術は縄文と現代をつなぐコミュニケーターともいえます。「歴史的位置づけや時代を超えてコミュニケーションが成り立つのではないか」という考え方から考古学をとらえていくという点があると思います。

また芸術学と考古学のかかわりとしても意味があると思います。欧米の総合大学には、芸術、哲学の学部があります。「芸術の豊かさをベースに学問もあるべきではないか、根源的に人間性を問う問題として芸術から考古学を見つめなおしてみる」という点もあると思います。

 

 

――自然科学と考古学との関わりについて世界の国々はどのように研究されていますか。

考古科学という分野がありますが、それは国によって違います。イギリスでは、アーケオメトリー、アメリカではアーケオロジカルサイエンスといい、学会があります。

日本においては文化財科学という学会があり、分析考古学などを担っています。ところが、中国や韓国にはこういった学会がありません。韓国の関係者から話を聞いたことがあるのですが、文化財保存科学会というのがあり、保存科学として存在はしているのですが、考古科学的な学会はなく、個別に研究・分析しているにすぎないのだそうです。考古学者がやるのではなく他の分野の先生が分析していて、考古学としての分野にはなっていません。

日本では、自然科学的な分析をする考古学の研究機関が欧米と比べて少ないですが、1970年代から本格的にはじまりました。1990年の東京学芸大学文化財科学専攻、1995年に奈良教育大学文化財科学専修が設置されました。しかし予算などの問題もあって、現在、縮小しています。考古学の科学的な手法は、日々進めていかなければならないと思っているので、気になっています。

 

 

――考古学と日々進んでいく科学的手法は具体的に社会に対し、どんな影響がありますか。

どの分野の学問でも方法は学問の発展により変化するものなので、進めていかなければならないのですが、同時に進歩に伴い、いろいろな問題もでてきます。科学への過信が問題をひき起こすこともあります。分析結果が常に正しいとも限りません。科学的な手法は、はじめは不安定なものです。時を経て、修正されて安定してくるということもあります。その時々の最善を尽くして分析していくことに対しては敬意を表しますが、間違いであることもあるので、妄信はいけないと思います。

植物の遺伝子の分析や人骨のコラーゲンの分析については、最近異説がでてきていています。脂肪酸分析については間違いだった例もあります。マンモスの肉を切った石器だと分析を発表されたことがありましたが、その石器は縄文時代の石器だったということが後でわかったということがありました。

放射性炭素年代測定に関しては、精度が上がって、100年単位までは成功したといえますが、細かく正確にしようとすると難しいところがあります。まだ完全に解明されないところもあるのです。

また、人の遺伝子の研究は、民族や先住民の問題とも関係し、とてもセンシティブな問題なので、倫理的な問題も考慮しなければならないと思います。

 

 

――災害に関する考古学は、現代社会においてどのような役割があるでしょうか。

1997年に開かれた地球温暖化防止の国際会議(IPPC)で、長期的な災害や気候変動は文献資料や現代の学問の領域を超えていて、巨大災害は考古学的記録の中にこそ残っているので、考古学に注目すべきだという宣言がでています。

災害は、長いスパンで起こるものは非常に大きいです(災害の頻度とその規模はベキ分布に従う)。東日本大震災など、千年に一回に起こるような災害は、文献や考古学のようなものでないと対応できませんでした。

一万年に一回おこるような災害になりますと、それはとても巨大な災害になるのですが、それは考古学でないと他の学問では役立ちません。そのくらいの巨大災害といいますと、日本では火山噴火があげられます。過去の例から見ると、一万年に一回ぐらいで大きな規模の噴火が過去に起こっています。未来を考える時に、過去の災害についての研究成果を明らかにして、警告し、防災に役立てていくことも考古学の社会における役割であると思っています。

 

 

―最後に遺跡の活用についておうかがいします。市民もかかわって考古学に接していく「パブリックアーケオロジ―」と呼ばれるものについては、どうお考えですか。

地元の住民など活用したい方々、学問的な研究者、政策側の方の三者がいて、その代表が議論をする。その三者の緊張関係の構造の中で進めていくのがパブリックアーケオロジ―だと私は思います。日本では、市民運動と政治運動だけが結びつけられて語られることがありますが、学者が中立的な立場でアレンジしてくのが、イギリスでいうパブリックアーケオロジ―なのだととらえています。学問は、社会におよぼす影響に対して責任がありますから、専門家が政策側にも住民にも意見をいう必要があります。そういった学問的なあり方をパブリックと呼ぶのだと思うのです。

研究者は文化遺産を説明し、市民はどう活用したいのか、政策側は文化遺産をどうするのかなどを議論し合う――そういう構造の中で一緒に作っていこうとするのが、パブリックアーケオロジーのあり方だと思います。

(2016.7.18  京都大学大学院総合生存学館でインタビュー/文・写真 大日向明子)

 

泉教授使用写真

【プロフィール】

1948年神奈川県生まれ。1976年京都大学大学院史学研究科考古学専攻博士課程中退。現在、京都大学大学院総合生存学館特定教授。主な著書に「縄文世界の1万年」(共編著 集英社 1999年)「遺跡が語る都市」『世界遺産と都市』(風媒社 2001年)「縄文文化論」『倭国誕生』日本の時代史1(吉川弘文館 2002年)『GIS-Based Studies in the Humanities and Social Sciences』(共著 Boca Raton, London and New York 2006年)「レバノン・ティール遺跡での縦穴墓・地下墓の発掘調査 平成14~16年度科学研究費補助金基盤研究(B) (2)研究成果報告書」(編共著 京都大学文学研究科 2006年)「考古学の基礎知識」(共著 角川選書409 2007年) 「総合生存学」(共著 京都大学学術出版会 2015年)

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世界考古学会議(WAC)とは?

1986年に設立された世界最大の考古学の国際フォーラムで4年に一度開催される。この会議は世界各地から数多くの研究者が参加し、「遺跡調査と開発」「遺跡と観光」「考古学と教育」「考古学と先住民」などのテーマで討議し、考古学、文化遺産の研究、実践をリードしてきた。遠い昔の過去の研究だけでなく、その過去が現在にどのような意味をもつのか、という「現代社会における考古学、文化遺産」について焦点をあてていることが特徴。これまでにイギリス、ベネズエラ、インド、南アフリカ、アメリカ、アイルランド、ヨルダンで開催されている。

 

「世界考古学会議第8回京都大会」について

今回の京都での大会は、2016年8月28日~9月2日に開催。同志社、立命館、京都の3大学を中心に実行委員会(委員長:都出比呂志・大阪大学名誉教授)が主催し、関西の考古学、埋蔵文化財関係者が集まり、準備。特に「現代社会における考古学・文化遺産」「考古学とアート」に力をいれている。東アジアで初めて開催される今回のセッションでの発表は、83か国から参加、2000人の参加者の見込み。市民や学生も参加しやすいように一日券も1万円で用意されている。(サテライト会場の入場料無料。弁当代・休憩時間の茶湯を含む。ホームページで8月10日まで受付)

市民に広く考古学を知ってもらおうと、「アートと考古学展」「ドコデモ考古学!」などの展覧会も開催予定。博物館や寺院、ギャラリーをサテライト会場とし、市民も楽しみながら考古学に親しめる。「日本考古学100年 京都で生まれて」「世界文化遺産と現代都市」「災害・防災と考古学」をテーマとした市民のための無料の公開講演会も開催(事前申込みが必要)。

 

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